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2008年08月31日 (日)
関西夏休みパス
今年の夏はJR西日本から関西夏休みパスという商品が出ていまして、利用させて頂きました.

関西夏休みパス
8月8日から24日のうちの1日を指定して利用(2,000円)
実際の切符には赤線は無い
先週の日曜日(8/24)に鉄道好きの連れとの企画ツアー(笑)。むちゃくちゃ長い区間を乗れる近郊列車の新快速「敦賀発網干行き」に乗ろうという、発送がそもそもむちゃくちゃな企画でした。
とにかく自由周遊区間が広いくせに、切符の有効期間は1日ぽっきり。とても全部の路線を回る事ができません。仕方が無いので主な路線を一筆書きのように乗り継いで行く事にしました。
大阪発で姫路以西もしくは敦賀までの区間を乗った上にその他の区間を乗り回すにはかなり制約が大きかったので経路組に苦労しました.
今回のお題目である敦賀発着の長距離運行の新快速ですが、なかなか都合の良い時間に姫路や敦賀にいるのが難しい事と、帰りの時間を早めに設定しなければならないことから以下のような経路となりました.
05:58 大阪
↓ 大阪環状線
06:18 天王寺
06:20 天王寺発
↓ 阪和線・関空快速
06:53 日根野着
07:02 日根野発
↓ 阪和線
07:33 和歌山
07:41 和歌山発
↓ 和歌山線
10:03 王子
10:08 王子発
↓ 大和路線・快速
10:23 奈良
10:39 奈良発
↓ 奈良線・みやこ路快速
11:26 京都
12:00 京都発
↓ 琵琶湖線・北陸本線経由・新快速
13:35 近江塩津
14:03 近江塩津発
↓ 新快速
14:16 敦賀着 で折り返し
14:23 敦賀発
↓ 湖西線経由・新快速
17:44 網干
帰りは網干〜尼崎で東西線に乗り換え、北新地で連れと別れましたが、私はそのあと放出へ行きおおさか東線に乗車、久宝寺から大和路快速で大阪、その後大阪から尼崎まで戻って宝塚線にのり宝塚まで往復した後帰途につきました。
そもそも、敦賀発網干行きの新快速に乗っただけで普通運賃3,890円なので、これに乗っただけで今回の切符の元をとってしまっています。全線を通常運賃で乗ると1万円を越えてしまいますので、元を取るどころか、たっぷりと乗らせて頂きました.

敦賀駅

敦賀発網干行きの新快速

網干駅
と、まあ一応行きました的証拠写真を撮っておきました。

和歌山線(クハ104)

和歌山線の運転台
乗った中で一番趣のあったのは、単線区間だった和歌山線でしょうか。和歌山〜王寺間だけで2時間以上乗ったままです。しかも無人駅が多いため、ワンマンのレールバスとほとんど変わりません。のんびりと移動する雰囲気を満喫させて頂きました.
あとは敦賀〜網干の新快速。3時間以上も乗っているので新幹線で博多や東京へ行くのと変わりません.
車内販売が無いため、飲食にはなんらかの持ち込みをしないと辛いですね。さすがに端から端まで乗っている人は居なかったのではないでしょうか。
また、こんな楽しめる切符を発売してくれませんかねぇ、JR西日本さん。
投稿者 なんぎ : 10:22 記事へ | コメント (5)
2008年08月30日 (土)
大阪天満宮
大阪では天神様と呼ばれることが多いのです。

大阪天満宮 表門(大門)
受験シーズンとなるお正月などはかなり学業成就のための参拝者が多い大阪天満宮です。冒頭でも書きましたが、天満宮というよりも天神さんと呼ばれることのほうが多く、すぐ横にあります日本一長い商店街である天神橋筋商店街の名前も天神の名が付いています。
祭神はいわずと知れた菅原道真公(官公)です。学問の神様として祀られており、合格祈願などが主だった願い事として参拝される方が多く訪れます。
この表門に方位図があるおですが、ちょっと普通の十二支方位図とは違っています。

方位図
十二支ですので北を子(ね)からはじめて下から見上げると左回りに丑寅卯辰巳午未申酉戌亥となります。
本来の西の方角に当たる酉(とり)ですが鶏の絵ではなく、鳳凰が描かれています。

本社
また、出世や人生の成功のための関門といわれる登竜門ですが、もともとは鯉が登ることで竜となるいう伝説に基づいたもので、実際の門を指す訳ではないのですが天満宮の境内には門そのものがあります。

登竜門
本社横にある唐門なのですが、横の灯篭に竜が彫られており、通ることで竜となる故事に倣い登竜門と呼ばれているようです。
シーズンオフ時(笑)は、参拝者がパラパラ程度なのですが、お正月は押すな押すなの賑わい。共通一次の直前ということもあり、絵馬に学業成就・合格祈願の願いを託して掛けに来る受験生が多くいます。またお守りも飛ぶように授与されて行きます。
祀られた菅原公も大人数を裁くのも大変ですね。
投稿者 なんぎ : 12:08 記事へ | コメント (0)
2008年04月03日 (木)
出雲大社
神話の国、出雲です。出雲大社は「いずもたいしゃ」ではなく「いづもおおやしろ」と呼ぶそうです。へぇ。

参道への大鳥居

一の鳥居

二の鳥居

境内への銅鳥居

拝殿(仮殿)

本殿
大国主命(おおくにぬしのみこと)をお祭りする出雲大社です。
大国主命は「だいこくさま」として慕われているそうですが、大黒天はシヴァの憤怒の化身であるマハーカーラを取り入れたもので、大国主命とは全く違う所が面白いところです。ダイコク=大国と読む事から混同されて習合してしまったようです。
平成の大遷宮で本殿の大国主命は拝殿に遷宮し、その間に本殿を修復。平成25年に元の本殿に再度遷宮して大遷宮の終わりとなるそうです。
本殿前に仮の拝殿に遷宮した事から本殿を修造している間に本殿そのものを一般公開するとのこと。
残念ながらタイミングが合わず、参拝した時はまだ準備中でした。

本殿前の石畳

宝物殿横の心御柱(再現模型)
本殿前には鎌倉時代の時の本殿を建てていた心御柱の様子が分かるような石模様が置かれており、当時の巨大な本殿の様子を偲ばせます。また、宝物殿横には実物大の再現模型が置かれており、その巨大さを伺わせます。

神楽殿
出雲大社のイメージとしてよく紹介されるのが、実は境内の外にあるこの神楽殿です。
大きな注連縄が特徴で、毎年付け替えるそうです。この注連縄、実は賽銭箱的になっていまして、これへ向かって賽銭を投げ打ち、刺さればオッケーのようで、皆さん必死に打ち込んでいます。
私は断念しまして、ちゃんと置かれていた賽銭箱に入れさせていただきました。
その他境周辺には大国主命に関するものがあります。

因幡の白兎(ご慈愛の御神像)

幸魂・奇魂(ムスビの御神像)
ともに大国主伝説に基づくもので、境内手前の参道横に置かれています。
因幡の白兎はワニに皮を剥がれてしまったお話で、子供の頃に聞かされた方も多いのではないでしょうか。
ワニは和爾と書き、アリゲーターなどの爬虫類ではなく鮫の事を指しているのですが、子供の頃に見た絵本ではワニが描かれていた記憶があり、ワニ=爬虫類と誤解した状態で描かれたものだったのでしょう。
幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)は大国主がこれらの和魂(にぎみたま)によりムスビの神となった伝説によります。像の解説書きにはこれらの2つの和魂により人が人として生かされているとありました。
かなり有名な出雲大社ですが、それほど境内と周辺が広いわけではなく、1時間もあればじっくりと回ることができるでしょう。
国造り神話の出雲、大阪からはちょっと遠かったです…。
投稿者 なんぎ : 12:01 記事へ | コメント (0)
2008年02月08日 (金)
春節祭
2月7日は旧暦(太陽太陰暦)の正月にあたります。旧正月というやつです。

神戸南京町(長安門)
神戸の南京町(なんきんまち)はいわゆるチャイナタウン。在日中国人の方々も多く、中国本土と同様に盛大に旧正月を祝います。もっともこの近年はイベント化しており、南京町界隈は中国系イベント会場と言っても過言ではない状態です。

獅子舞の獅子

南京町広場
店頭は新年の飾りやら、ぼんぼりがつり下げられて新年の雰囲気いっぱいです。

メインストリート
だいぶ以前ですが、仕事で上海に行っていた頃、丁度、春節祭の1週間ほど前で観光地や商業地域は同じように正月飾りが付けられ、新年のプレお祝い状態でした。日本では正月も明けて仕事バリバリの状態なのですが中国では正月前の準備で急がしそうでした。

上海豫園市場

上海豫園市場の中
2004年の春節前に撮影
見比べてみれば、赤いぼんぼりや飾りなどの雰囲気が良く似ています。新年のお祝い用の飾り付けなのですね。
神戸南京町の春節祭の関連イベント、2月11日までやっているそうです。
投稿者 なんぎ : 12:03 記事へ | コメント (0)
2008年01月04日 (金)
勝尾寺
一度ご紹介していますが、今度は日の明るいうちに参拝しました。すでに三箇日を過ぎています。

参拝入口

山門

池
マイナスイオンがどうのと言っていたが池の水を霧状にしたのはちょっと…

お砂ふみ
四国四十八箇所を詣でたことになるらしい
当たり前ですが夜の風景とがらっと変わります。さすがに三箇日を過ぎれば空いているだろうと踏んだのですがそれでも結構な人出でした。勝尾寺に着くまでの路はそれなりに空いていたのですが、参拝して帰るころの本のちょっとした時間差でもう、登り(勝尾寺へ向かう方面)は渋滞が始まっていました。
ほんの少しの差で渋滞に巻き込まれる事にならず、ほっとして下山しました。

本堂

鐘楼

多宝塔
まあ、観光案内のようで申し訳ありませんが、昨年の昼間バージョンだと思ってご容赦ください。
ちなみに、昨日(1月3日)にも参拝しようとしたのですが、遅かったせいか笹がなくなってしまい参拝はもう、終わってしまっていて、思わず今年の運はここまでか(笑)と思わせられました。
いや、全然信心深くないのでいやな思いをしただけで、その日の参拝された方々がかなり多かったせいでしょう。
勝尾寺は「勝つ」に掛けて勝負事の祈願に訪れる人が多いのもあるのかと思われます。競馬競輪競艇のほか、宝くじなども含めて金銭がらみの運にからめたお願いが多いのでしょう。お願いされるほうは大変でしょうねぇ。
投稿者 なんぎ : 16:00 記事へ | コメント (0)
2008年01月01日 (火)
住吉大社
今日はさすがにこんなに空いていないはず。って、大混雑です。

住吉大社

太鼓橋
全国の住吉神宮の総本宮の住吉大社です。
本日は初詣でごった返しているはずです。近寄りたくないくらい(笑)。でも、大阪では「すみよっさん」と神様にさん付けで(笑)呼ぶほど親しみのある、神社なのです。もちろん、商売繁盛の祈願で初詣される方々が大変たくさんいらっしゃいます。
祭神は海と縁の深い、底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)で、住吉三神と呼ばれます。住吉はもともとは「すみのえ」と呼ぶのですが、途中から「すみよし」へと変わり、現在の呼び名になりました。住吉大社周辺には「すみのえ」の名残である「住之江」や「墨江」という地名が残っています。
本宮へは太鼓橋を渡って境内へと向かいます。

第三・第四本宮

第二本宮

第一本宮
手前の本宮から順にお参りし、第一本宮へと進みます。
全ての本宮は国宝となっており、気軽にお参りするには貴重な建築物というか先祖の遺産となっています。
ま、大阪では「すみよっさん」と、親しみのある呼び方で気軽にお参りしている方々が多いのですが。
投稿者 なんぎ : 10:00 記事へ | コメント (0)
2007年11月18日 (日)
ちんちん電車
またまた、居酒屋ガレージさんの関わりのある中川校下青少年指導員の秋のハイキングへ同行させていただきました。

合流地点の阪堺電気恵比須町駅
改札はなく、出入り自由
切符は販売していません。ワンマンのレールバスと同じシステムで、降車時に運賃を支払います。
この阪堺電気軌道は路面電車となる区画が散在しており、いわゆるちんちん電車となります。

道路上の軌道敷を走る
終点の浜寺駅前まで行きまして、浜寺公園へ向かいます。途中バラ園(入場無料)を通り、奥の遊具のある公園へ向かって昼食となりました。

バラ園

長~い滑り台
年甲斐も無く、滑り台を子供たちと一緒にきゃあきゃあ言いながら滑ってきました。
さて、その後、浜寺駅前まで戻ってまた、阪堺電気軌道に乗車。寺地町まで向かいます。寺地町で下車、千利休屋敷跡や与謝野晶子生家跡などを見学しながら歩き、大和川を越えます。大和川を越えて我孫子道まで紀州街道などを通りながら徒歩の行程です。

大和川を渡る列車
寺地町から乗車し、住吉鳥居前で下車、住吉大社へ参拝します。もちろん、神仏に手を合わせなくてもかまいません。当日は七五三のご祈祷などで大変にぎわっていました。

住吉大社境内
たいへんな賑わいだった
住吉大社を出たところで、阪堺電気軌道をそのまま出発点の恵美須町にもどる路線に乗らずに住吉公園前から天王寺駅前行きの列車に乗り戻ります。
こちらの路線もかなりローカルな雰囲気がぷんぷんなうえ、かなりな旧式車両が走っています。

車両の運転席
昭和32年の車両だった
速度計が信じられないほど旧式(ブレーキレバーの上の電流計のようなもの)
天王寺駅前の終点まで乗車、そこで列車を降りて解散です。

天王寺駅前終点
その後はいつものごとく(笑)ガレージにお邪魔して楽しく過ごさせていただきました。
今回も、いろいろな段取りと進行をしていただき、中川校下青少年指導員の方々に、大変お世話になりました(一部ハプニングもありましたが:苦笑)。この場を借りてお礼申し上げます。
なんだか今回の写真はちんちん電車を撮影しているところばかりなのはご容赦を。
投稿者 なんぎ : 23:42 記事へ | コメント (4)
2007年08月14日 (火)
なら燈花会
本日最終日でしたが行ってきました。

奈良国立博物館前
NPO法人なら燈花会の会が主催する「なら燈花会」が今年も開催されました。
会場は多数あり、いろいろなところで多数のボランティアの方々によって開催実施されています。昨年は非鉄金属市場高騰のあおりで燈火点灯用の電線数百メートルが盗まれると言う事件もありましたが、今年は大丈夫だった様です。
燈花会の意義ですが、毎年お盆の時期にするため仏教と関連がありそうな気がしますが、実際は特定の宗教の行事とイッサイ係わり合いの無い様に注意深く表現されています。灯篭流しとはちょっと違うのです。京都の万灯会に対抗しているのではないかと睨んでいるのですが。
基本はろうそくの入った燈火(燈花)を地面に並べて幻想的な演出を行います。
会場によってその特長を生かしていろいろな演出が凝らされているのです。

浮雲園地

浅茅ヶ原

浮御堂

五十二段
猛暑の奈良で汗だくになりつつほこりまみれで回りました。
しかも最終日だったため大変な人出でして、じっくり見ることもままならず。
メジャーになった証拠なのでしょうが、なかなか風流に浸ることができなくなってしまい、ちょっと残念です。
投稿者 なんぎ : 22:20 記事へ | コメント (0)
2007年08月12日 (日)
余部橋梁
1986年(昭和61年)列車車両が風で転落、落下先にあった工場でお亡くなりになった方も出た大事故がありました。
詳細はJST失敗知識データベースの「余部鉄橋列車転落」で確認できます。

余部橋梁
JR西日本の山陰本線にある鎧駅と餘部駅の間に掛かった鉄製のトレッスル橋です。ほぼ100年近く前の1912年(明治45年)に完成し、現在に至ります。
鉄道ファンならずともご存知の方も多いのではないかと思うほど、有名な所です。
鎧駅の裏手に撮影スポットがあり、ここから撮影するとさながら鉄道雑誌の表紙のような写真になります(同じ場所から撮影しているのでしょう)。

裏山から
現在はコンクリート製の橋へと現在位置から約7m南側(陸側:向かって右側)への架け替え工事が着工されており、完成に当たってこの橋梁は撤去の予定です。
しかしながら、この橋梁も保存してほしいという意見と撤去してほしいという両方の意見があり、一概に観光名所として保存すれば良いという事ではないようです。実際に列車通過時はかなりの騒音が発生します。
もちろん、列車転落事故もありましたし、この橋梁を見るための観光客への不満もあると思います。すくなからずマナーの悪い人たちがいるのも確かなのです(実際、この周辺はほとんど車を駐車できない)。保存問題は簡単ではありません。
開けた他にの先に青く日本海が広がる景色の中に赤い橋脚が映える景色はやはり絶景といえますが、安全は全てに優先するという事で架け替えを行うべきなのでしょう。
投稿者 なんぎ : 14:05 記事へ | コメント (2)
2007年06月17日 (日)
三徳山三佛寺
三朝温泉からちょっと移動した所にあります。写真家の土門拳によりかなり有名になりました。

参道入口の鳥居
すでに一般道と化している
国宝の奥院である通称、投入堂(なげいれどう)までの修行の道が始まります。
以前は境内に至るまでに拝観料は必要なかったのですが、世界遺産にしようとか言う、お題目が原因か知りませんが、投入堂に行く入山口のある境内に入るまでにすでに拝観料を別に徴収されるようになってしまいました。せちがらくなったものです。まあ、訪問した日は観光バスで団体が乗り付けるぐらいですので、儲かる口は見逃さないって事でしょうか。
参道階段
この階段は全くもって屁の突っ張り程度でしか無くもっと厳しい山道が待っている
さて、山岳信仰としての天台宗三徳山三佛寺(みとくさん・さんぶつじ)ですが、奥院に至るまでの山道が修行の道となります。
拝観料とは別に登山事務所(!)で、さらに入山料を支払います。う〜ん…。

三徳山入峰修行受付所
ここで住所氏名および入山時間を記帳して下山すると確認させられる
実際は修行の体裁を採っていますので、輪袈裟を貸与されそれを掛けて登る事になります。
修行道としての参道ですのでかなり厳しい難所が多くあり、実際に天候が悪くて入れない事も今までありました。また、しっかりした運動靴で無いと入山させてくれません。ビジネスシューズなどではこの受付所で脱がされ、わらじを買わされますので(笑)必ずハイキングの装備・服装で来てください。
さて、いよいよ投入堂への参拝道に入ります。

参拝入口
帰りはここで輪袈裟を返して下山時刻を記帳する

忌穢不浄輩禁登山の石碑
一応当てはまらない事にしておこう(笑)

野際稲荷
境内とはいえ仏寺の修行道になぜかお稲荷さんがある

かずら坂
さて、いきなり最初の難所かずら坂です。木の根が網のように這っておりかなり急勾配になっているところを木の根をつかんだり足を掛けながら登ります。すでに汗がにじみます。

くさり坂
くさりで登らずとも横にも道があるがどちらがよいのだろう
パンフレットや観光案内などではこのくさりを伝って登る坂がよく紹介されているのですがまあ、ここを上り下りせずとも測道があるので気にせずに進んでください。ただし上り下りはスリル満点です。

文殊堂(重要文化財)
くさり坂の横がこの重要文化財指定されている文殊堂です。崖の上に引っかかるようにして作られた舞台造の建物で建物の周囲を回廊として一周できるようになっています。ただ、上がり口と反対側は当然、断崖の上で下を見ると思わずこわばりそうになります。高所恐怖症の人は絶対無理です。

平岩
怖くて手振れしているわけではない
文殊堂からすぐこの途中に割れ目のはいった岩を渡らなければなりません。左右は崖です。落ちれば死にます。写真には写っていませんがこの左側には過去転落した人が居るという但し書きがあります。

地蔵堂(重要文化財)
さらに登ると文殊堂と同じく崖の上に地蔵堂が建っています。こちらも外周が回廊になっておりぐるりと一周できますが、やっぱり足がすくみます。
地蔵堂を後にしてさらに進むと鐘楼堂があります。この訳の判らない険しい山奥にどうやってこんな重い鐘を運んで設置したのかが全く持って謎です。記録に無いのが不思議なくらいです。きっと役行者(えんのぎょうじゃ)が超能力か何かで運んで設置したに違いありません(笑)。

鐘楼堂(しょうろうどう)
それほど小さい鐘ではない
重さは800貫(約3トン)あるという

牛の背馬の背
鐘楼堂を後に進むと次の難関が待ち構えています。牛の背馬の背です。アルピニストの方々にすればヘタレな位の尾根ですがこの歩く幅の狭い岩をバランスを取りながら進みます。

納経堂(重要文化財)

観音堂

元結掛堂
岩のくぼみにひっそりと佇む納経堂前を通りと観音堂の裏を回り、元結掛堂の前を通って進みます。このあたりからほぼ平地になり登る事はありません。

不動堂
開けた先に崖に引っかかるように小さな不動堂があります。その横にあるさらに広い崖の窪みの法面に国宝の奥院である通称投入堂が引っかかっています。

奥院(投入堂)
まさに引っかかっているとしか言えない設営状態
本尊は蔵王権現(重要文化財)である
写真などでご覧になられた方も多いかとは思いますが、まさにこの通り。でこぼこの崖の法面に設営すべく足の長さは不揃いで、柱の立ててある岩がわずかに削られて乗るようにしてあるだけで、この場所にお堂を建立する理由が全く見当たりません。役行者(役小角:えんのおづぬ)が法力を持って投げ入れたと言われても納得してしまいます。
現存確認できる日本最古の神社本殿形式の建物だそうです。
大概の人はこの光景を見てあっけにとられ参拝するという目的を忘れてあぜんとなり、ひとしきり感心して帰ってしまいます。お参りなんですから一応手を合わせるぐらいはしてから帰りましょう。
さて、来たからには帰らなければなりません。我々俗人は二本の足で歩いて下山しなければなりませんので、ひたすら歩いて帰ります。当たり前ですが来た道で帰らなければなりませんので、今来た上りが下りになり危険度を増す所と安全になる所があり、また軽く汗をかきながら下山してゆきます。
往復、2時間以上は覚悟した方が良いかと思います。途中地元の方が交通整理をするほどの人出がある日もあり、朝一番などはかなり混雑します。
また、それなりに危険ですので、長袖長ズボン、軍手と運動靴で入山するのが良いと思います。
実際に手を使わなければ登れない箇所もありますので、軍手はあった方が重宝しますし安全です。
観光化しているとはいえさすがに修行道。厳しい道のりでした。
投稿者 なんぎ : 12:02 記事へ | コメント (0)
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